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【アラベスク】  第17章 来し方の楔



第2節 想われ心 [2]




「美鶴、これでよかったの?」
 無言で菓子パンのビニールをクシャリを握る。
「もうさ、美鶴とシロちゃん、会う事もないのかな?」
「さぁね」
「金本くんは渡さないって言ってたけど、どうするつもりなんだろう?」
「さぁね」
「さぁねって、そんな他人事みたいに」
「だって、わからないんだから答えようがないだろう」
「そりゃあそうだけど」
「じゃあ、私に聞くな」
「そんな冷たい」
「冷たいじゃない。私と里奈の事よりも」
 クシャクシャに丸めたビニール袋を手の内で弄びながら向き直る。
「そっちはどうなったのさ?」
「え?」
「お兄さんの件。会えたのか?」
「あぁ」
 途端、勢いの無くなるツバサ。
「その様子じゃ、会えてないな」
「だって、どうやって会いに行けばいいのかわからない」
「別に、普通に会いに行けばいいだろ」
「普通って、そんな簡単に言わないでよ。ずっと会ってなかったんだし、相手は会いたくない言ってるし」
 語尾が消え入りそう。
 お兄ちゃん、よっぽど会いたくないのかな。
「だからって、ここで引き下がるワケにはいかないだろう? 情報追い求めて滋賀まで行ったクセに」
「そういう美鶴だって、私がさんざん言ったのに、シロちゃんに会おうとしなかったじゃない」
 言葉に詰まる美鶴。
「私の事ばっかりあれこれ言うなんて、ひどいっ!」
「ひどいって、だってアンタがあれこれ悩んでいるから、だから私は」
「だって、普通悩むでしょうっ!」
 口を尖らせて身を乗り出すツバサ。失敗したと心内で後悔する美鶴。そんな二人の間に、ヌッと顔が飛び出してくる。
「何を悩んでいるって?」
「なっ」
「わぁっ!」
 同時に叫び、二人ともベンチから落ちそうになる。
「コウ?」
(つた)か?」
 ヨロけながらなんとか体制を建て直し、美鶴が呆れたような視線を向ける。
「驚かすな」
「そっちが勝手に驚いただけだろ」
 しれっと答えて身を引き、少し垂れた瞳を細める。
「こんなところで何やってるのよ?」
「それはこっちのセリフ。なんでこんな寒いところでメシなんか食ってんだ?」
「だって、教室とかだと周りがうるさいし」
 二人が食事をしようとすると、決まって誰かが冷やかしに来る。
「あらあら、天使様ともあろう御方が、このような下賤な輩とお食事だなんて」
「あら、それは天使様だからこそですわ。お慈悲は誰に対しても公平に分け隔てなく与えなければね」
蔦は苦笑し、軽い身の(こな)しでベンチの背を飛び越える。ストンッとツバサの隣に腰を下ろす。
「だからって、こんな寒いところで食うコトねぇだろ」
「いいでしょ。女同士の話に口を挟まないで」
「へぇ、で? 女同士で何の悩みだ?」
「悩み?」
「さっき叫んでただろ? 普通は悩むってな」
「あ」
 ツバサは思わず片手で口を押さえる。
「よかったら相談に乗るぜぇ」
「べべっ 別に大した悩みでは」
「そうか? だったら話しても構わないよなぁ」
 身を乗り出すコウに、身を引くツバサ。見兼ねた美鶴が上目遣い。
「お邪魔のようだから、席を外す」
「あ、いや、違う美鶴。これは」
「別に今さら違うも何もないだろう」
「だ、だから、本当に。もう、コウが悪いんだからね」
 立ち上がろうとする美鶴のスカートを引っ張り、振り返ってコウを睨む。
「女の話に首を突っ込むなんて、男らしくないよ」
「なんだよっ」
 咎められ、コウは憮然と言い返す。
「そんな言い方はねぇだろ。こっちは心配で聞いてやってんのによ」
「別に心配してもらうコトじゃない」
「そうか? また夜遊びの相談でもしてたんじゃねぇのか?」
 絶句するツバサと美鶴。そんな二人と向かい合い、コウは片手を頭の後頭部に当て、その肘をベンチの背に乗せた。
「俺だってなぁ、女の話に首なんて突っ込みたくもねぇよ。だけどなぁ、あんなところを目撃しちまったら、嫌でも心配にはなる」
「あんなコトは、二度としない」
「まぁ、俺としてはその言葉を信用したいところなんだけどな」
 言いながら視線は美鶴へ。
「大迫の方は、あの男との縁は切れてはいないようだし、いつまたツバサが巻き込まれるかはわからねぇワケだ」
「美鶴を悪く言わないで。あそこに連れてってってせがんだのは私なんだから」
「兄貴の所在探しだっけ? 見つかったのか?」
「え?」
「兄貴」
 素早く視線を背けるツバサ。
「何だ? 会えたのか? 会えなかったのか?」
 だが、なぜだかツバサはそのどちらにも答えず、しばらく視線を泳がせる。そうして突然立ち上がり、弁当箱という名の重箱を抱えた。
「私、先生に呼ばれてたんだ」
 明らかに言い訳っぽい。だが、コウや美鶴が問い詰める前に、素早く身を翻す。
「あ、おいっ」
 コウの呼び声にも大した反応は見せず、ツバサはそのまま校舎へと駆け出してしまった。
「何?」
 呆気に取られる美鶴。だってそうだろう。行動の意味がわからない。
 ポカンとしたままツバサの消えた方角を見つめる。一方、コウの方は、ツバサの態度に肩を落した。そうしてゆっくりと視線を美鶴へ移す。
「どう思う?」
「は?」
「ツバサの態度」
「どうって」
 普通ではない。それは確か。だが、どうかと問われても、どう答えればよいのかわからない。
「普通じゃないよな」
「いつもなんだ」
 ベンチの背に乗せていた肘をおろし、代わりに自分の背中を預ける。
「兄貴の話を出すといつもだ。いつもはぐらかして、逃げる」
 里奈とコイツの過去を気にしている醜い自分を知られてしまうんじゃないだろうかって、心配してるんだろうな。
 だが、それを美鶴の口からコウへ告げるワケにはいかないだろう。
「なぁ、お前、何か知ってるんだろう?」
「知らないよ」
 本人が隠しているのに、第三者が告げるワケにはいかない。







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